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京都地方裁判所峰山支部 昭和63年(ワ)10号 判決 1989年9月04日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告小森とき子に対し、金七五〇万円及びこれに対する昭和六一年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、その余の原告らに対し、各二五〇万円及びこれに対する昭和六一年八月二八日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  共済契約の締結

原告小森とき子(以下、「原告とき子」という)の夫であり、その余の原告ら三名の父である訴外亡小森恒雄(以下、「恒雄」という)は、昭和六〇年六月二六日、被告との間で、被共済者及び共済金受取人を恒雄とし、満期を昭和九〇年六月二五日、死亡共済金額一〇〇〇万円、特約として災害給付共済金額一〇〇〇万円、災害死亡割増共済金額五〇〇万円とする養老生命共済契約(以下、「本件共済契約」といい、右特約を「本件災害特約」ともいう)を締結した。

2  事故の発生及び恒雄の死亡

(1) 恒雄は、昭和六一年六月三日午後一時ころ、京都府竹野郡弥栄町字和田野九四の一先道路において、原動機付自転車を運転して進行中、道路の穴に車輪を取られて転倒し(以下、「本件事故」という)、意識不明に陥る頭部打撲等の傷害を負った。

(2) 恒雄は、同町の弥栄町国民健康保険病院で応急手当を受け、兵庫県豊岡市の公立豊岡病院に搬送されたが、同日午後六時三〇分ころまで意識が戻らなかった。同人は、同病院に入院し、同月七日に退院したが、その後、肋骨三本にひびが入っていることが判明し、同月一〇日、京都府竹野郡網野町の佐久間病院に入院し、同月二四日退院した。同人は、右入院中の六月中旬ころから、「病院で看護婦や患者がいやがらせをするから早く退院させてくれ」と再三原告とき子に電話をかけてくるようになり、同原告が病院の指示に従うよう説得をくりかえしたが、「殺される」等とこれに応じず、自分の荷物を勝手に病室から運び出すなど異常な状態を呈するようになった。恒雄は、同病院で睡眠薬や精神安定剤を与えられたものの、次第に無表情となり、原告とき子との会話も充分でなくなったが、恒雄の強い希望もあって、右六月二四日の退院となった。

(3) しかし、恒雄は、右退院後も全身倦怠感、食欲不振、不眠を訴え、六月二六日からは同府中郡峰山町の中江医院での通院治療を受けたが、仕事に行くと言って家を出ても仕事先に行かず、皆が噂ばかりするとか、また事故を起こしそうだとか、次第に顕著な不安神経症の症状を呈し、同年七月中旬からは、夜中に隣家に怒鳴り込んだり、一晩中外をうろついたりの全く異常な行動をとるようになり、幻視、幻聴も生じて、同月一五日には右中江医院の医師中江登志雄から専門の精神科の受診を勧められるに至っていた。

(4) ところが、恒雄は、右中江医師や原告とき子の勧めにもかかわらず、精神科の受診を拒み続けたうえ、同年七月二一日早朝から行方不明となり、同原告らの捜索もかいなく、八月九日本件事故現場近くで縊死による自殺死体で発見された。死亡は七月二一日午前六時ころと推定されている。

3  共済金請求権の発生及び原告らへの帰属

(1) 恒雄の死亡は、右のとおり、入院中、退院後の精神的異常をきたした中、医者や妻から精神科の受診を勧められたりしたことから、発作的に自殺に至ったもので、自殺原因は、本件事故による右精神症状以外になく、本件事故の頭部打撲等による外傷性神経症である不安神経症に起因する自殺であり、本件災害特約の約款中に支払事由として定められている災害を直接の原因としての死亡、すなわち、災害と死亡との間には相当因果関係が存するものというべきであるから、本件共済契約の災害特約に基づく災害給付共済金一〇〇〇万円及び災害死亡割増共済金五〇〇万円の支払請求権が共済金受取人に生じている。なお、確かに、自殺には本人の自由意思が介在していることが否定できないが、災害に起因するものであるかどうかは、相当因果関係を基準に考えられるべきで、また、この因果関係認定にあたって、定額保険である本件共済契約にあっても割合的因果関係による処理も否定されるものではないというべきである。

(2) そして、右受取人である恒雄の死亡により、同人の配偶者及び子である原告ら四名にその法定相続分に応じた本件災害特約に基づく共済金計一五〇〇万円の支払請求権がある。

(3) 原告らは、被告に対し、昭和六一年八月一二日ころ、前記死亡共済金とともに、本件災害特約に基づく共済金計一五〇〇万円の支払請求をしたが、被告は、同月二八日ころ、死亡共済金を支払ったのみで、本件災害特約に基づく共済金の支払を拒否している。

4  よって、原告らは、被告に対し、それぞれ請求の趣旨1項記載のとおりの金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項中、(1)の事実、(2)のうち、恒雄の各入、退院の事実並びに(4)のうち、同人の死亡の事実及びその原因が縊死による自殺であったことは認めるが、その余の事実はいずれも知らない。

3  同3項中、(2)のうち、原告ら四名が恒雄の法定相続人であること及び(3)のうち、被告が昭和六一年八月二八日ころ死亡共済金一五〇〇万円を支払ったことは認めるが、その余の事実ないし主張はいずれも否認ないし争う。

4  本件は、本件共済契約の災害特約に基づく支払請求であるところ、災害給付特約及び災害死亡割増特約の各約款第四条第一項で、その共済金支払事由は、いずれも「被共済者がこの特約の効力発生日……以後に生じた災害を受けた日から二〇〇日以内にその災害を直接の原因とし、……共済期間内に死亡したこと」を要すると定められている。そして、右の「災害」とは、普通約款二条三項で定められているとおり「外来の急激で偶発的な右約款の別表2の事故による被害」であることを要し、「直接の原因」とは、災害と死亡との間に直接の因果関係がなければならないことを意味する。ところで、本件において、恒雄の死亡原因は、自殺であり、自らの意思に基づくもので、そもそも共済の対象となる右事故から除外され、「災害」にあたらず、その治療経過等をみても、恒雄の本件事故による受傷は、顔面裂傷、下顎骨打撲、左肋骨骨折、頭部打撲であり、本件事故直後に収容された弥栄町国民健康保険病院で頭部X-P撮影がされているが、脳内異常はなく、入院した豊岡病院でも頭部CT、X-Pにより頭部脳内に異常はなかったことが確認され、その治療期間中に精神病的所見や異常な行動等があったとも認められておらず、その後入院した佐久間病院でも特に同人に外傷による精神障害をきたしたような状況は認められていないのであり、実質的にも右の「外来性」、「急激性」、「偶発性」のいずれの要件も充足していないものである。また、恒雄の自殺の主な原因は、その性格的要素からきた本件事故後の心理的重圧によるもので、本件事故すなわち災害との間に条件的因果関係が認められるかどうかも疑問で、右直接の因果関係もない。なお、損害賠償法の分野では、本件のような被害者の事故後の自殺に関して、相当因果関係の枠組みの中での基準設定により、あるいは、割合的因果関係による認定等によって、被害者の損害の填補が図られているが、本件共済契約は、定額保険(共済)であり、実際に生じた損害の填補のための右損害賠償の理論は適用できず、仮に右理論を類推して考える余地があるとしても、本件においてはそのどの考え方に立っても否定的に解さざるをえない。

第三  証拠<省略>

⑩ 一 本件共済契約の締結

請求原因1項の事実は当事者間に争いがなく、なお、<証拠>によれば、本件災害特約を含めた本件共済契約は、養老生命共済約款に基づき締結されたものであること、右約款中の災害給付特約四条一項及び災害死亡割増特約四条一項では、右各特約による災害給付共済金及び災害死亡割増共済金の支払事由として、「被共済者がこの特約の効力発生日または復活の日以後に生じた災害を受けた日から二〇〇日以内にその災害を直接の原因とし、または法定伝染病により、共済期間内に死亡したこと」と定められ、かつ、右災害については、普通約款二条三項で、「外来の急激で偶発的な別表2の事故による被害」とされ、別表2の対象となる事故の中に自動車事故が定められていることが明らかである。

二 本件事故の発生及び恒雄の死亡

1  請求原因2項中、(1)の事実(本件事故の発生)、(2)のうち、恒雄の各入、退院の事実並びに(4)のうち、同人の死亡の事実及び原因が縊死による自殺であったことはいずれも当事者間に争いがない。

2  そして、右争いがない事実に加えて、<証拠>によれば、以下の事実が認められる。すなわち、

<1>  恒雄は、本件事故当時満三八歳であり、中学卒業後約五年間左官業(タイル職人)の見習いをした後、独立してタイル職人として働いていた者であり、妻の原告とき子から見て、生真面目、無口でおとなしいとみられる性格であったこと、また、恒雄は、本件事故までの間、精神障害や異常な精神症状を示したことはなかったこと

<2>  恒雄は、前記のとおりの本件事故に遭遇し、原動機付自転車が脚部にかぶさる形で転倒して意識を失ない(なお、前掲甲第七号証中には、「バイク走行中、意識消失し、転倒」との記載があるが、この記載はいかなる資料、根拠に基づいたものか不明であり、認定の基礎としえない)、直後の昭和六一年六月三日午後一時二〇分ころ、弥栄町国民健康保険病院に搬入されたこと、そして、同人の同病院での受診時の状況は、頭部外傷[2]型、顔面打撲・挫創、左第五指・左膝部打撲・擦過傷の傷害を負っており、腹部の痛みを訴えていたほか、下顎部の骨折の疑いがあり、また、本件事故直前から来院時までの記憶を欠き、名前、住所は答えられたものの、生年月日、年令が答えられず、瞳孔がやや散瞳気味、対光反射が遅かったが、それ以外に意識障害や反射機能、四肢の運動麻痺等の異常はなく、左頭頂部縫合の処置をされた後、右下顎部の骨折の疑いがあったことから、同日、口腔外科のある公立豊岡病院に搬送され、転医した(なお、原告とき子本人尋問の結果中には、恒雄が豊岡病院転医後の午後六時まで意識喪失状態にあった旨の供述があるが、<証拠>には、右認定以上に原告とき子の供述のように意識消失状態が継続していたことを窺わせる記載はなく、右供述は直ちに信用できない)こと

<3>  恒雄は、同日、右豊岡病院で、脳外科、外科での検査を経て、口腔外科での入院治療を受けることになったが、右脳外科、外科でのCT検査等の結果ではそれぞれ脳内、腹部の異常は認められず、また、口腔外科でのレントゲン検査の結果でも顎骨の骨折はなく、顔面創傷部の皮膚縫合の治療のみがなされたこと、そして、同人は、同月七日までの同病院での入院中、創部や腹部の痛みも徐々に減退し、六日及び七日に不眠を訴えていたほかはとくに異常は認められなかったこと

<4>  恒雄は、右六月七日、豊岡病院が遠方のため、再び弥栄町国民健康保険病院整形外科に転医し、同病院への入院を希望したものの、手違いで入院できずに通院し、左側胸部痛、上腹部痛があったため、同月一〇日、佐久間病院で診察を受けて、レントゲン検査の結果、左第六、七、八肋骨骨折が判明し、同病院に入院して、安静加療と鎮痛剤投与を受け、途中の同月一七日に抗生剤投与による出血性腸炎が発症して入院期間が延びたものの、同月二四日、これも治癒して退院したこと、恒雄は、その間、医師や看護婦に対し、腹部痛を訴えていたほか、入院直後の六月一一日から退院時まで不眠を訴えて、それに対する薬剤を服用したりしていたが、他には同月一八日に全身倦怠感を訴えていたこと

<5>  なお、恒雄は、右佐久間病院入院中の同月中旬から、妻の原告とき子に対し、同原告が同病院を訪れた際や電話で、「人が何か言っているのが聞こえる」とか、「長くいると殺されるから早く退院したい」などと訴え、自己の荷物をまとめて帰り仕度をするなどの行動があり、同病院退院後も、深夜に音がしないのに声が聞こえるといって窓を開けるといったことがあり、また、左官の現場仕事をし始めたが、仕事が手につかない、人が悪口を言って面白くないと言って途中で帰るといったことや休むことがあったこと

<6>  恒雄は、右のような行動のほか、倦怠感、食欲不振や不眠が続いたため、六月二六日、原告とき子が同道して中江医院の中江登志雄医師の診察を受け、肝機能、血液等の検査結果では特に異常値は認められず、神経性胃炎と診断され、栄養剤の点滴を受けるとともに、精神安定剤、催眠剤を与えられたが、翌二七日及び二八日の受診の際にも、恒雄が不眠を訴え、いらいらした様子であったことから、同医師においてうつ症状を呈しているものと判断して精神科での受診を勧めたこと、そして、恒雄は、同年七月一二日、さらに、同月一五日に同医師のもとで受診したが、うつ症傾向がさらに進んでいたため、同医師において原告とき子に再度精神科での受診を勧めたこと、なお、中江医師は、内科及び胃腸科を専門とする開業医であるが、恒雄の右神経性胃炎は不安神経症に基づくもので、そのうつ症状について、専門外であり本件事故に誘発されたかどうかの点は判らないとするものの、頭部外傷に伴うものではなく、同人の性格に負うところが大きく、本件事故で仕事を休んだことによる焦燥感、ストレスによって生じたものと判断していること

<7>  恒雄は、同月二〇日の深夜、隣家の者が悪口を言っているとして隣家に行ったり、話声が聞こえるとして、自宅の周りを見回ったりする行動があり、翌二一日朝、右中江医院に行くと言って原動機付自転車で自宅を出たが、以後、行方が判らず、同年八月九日、京都府中郡大宮町字五十河の林道脇山林内で縊死による自殺体で発見されたこと、同人の死亡日時は、死体を検案した新谷繁医師によって同年七月二一日午前六時ころと推定されていること

以上の事実が認められ、各事実中でとくに判断を付記した以外にこの認定に反する証拠はない。

三 本件災害特約に基づく共済金支払請求権の有無

1  まず、右二2で認定した事実によれば、本件事故が本件共済契約普通約款二条三項の災害にあたること、そして、恒雄の死亡が本件事故すなわち災害を受けた日から二〇〇日以内の死亡であることは明らかである。

2  そこで、次に、同人の死亡が災害を「直接の原因」として死亡した場合に該当するかについて検討するに、本件災害特約は、前掲乙第四号証により明らかなその約款の内容に照らしても、災害ないし法定伝染病による死亡及び後遺障害について定額を給付する傷害保険(共済)ないし疾病保険(共済)であり、約款上で前記認定のように災害を「直接の原因」として死亡したことを共済金支払の要件として定めているのは、前記のとおり死亡期間を災害を受けた日から二〇〇日と限定していること、さらに、右乙第四号証により明らかなように約款の別表2の備考3で、「疾病または体質的な要因を有する被共済者が軽微な外因により発症し、またはその症状が増悪したときは、その軽微な外因は「対象となる事故」に含まれ」ない旨定めていることをも併せて考えると、死亡の結果が、災害ないし災害による傷害が軽微な影響を与えた程度に過ぎない場合、また、災害ないし災害による傷害がなければ生じなかったという条件的因果関係が存するのみでは足りず、右災害ないし災害による傷害が主要な原因となり、通常必然的に死亡の結果が生じたという関係にあることを要すること、及び、支払請求権者においてこの原因、結果の関係を立証する責任があることを定めたものと解される。なお、したがって、原告らは、右の原因、結果の関係でいわゆる割合的因果関係の理論の適用の余地がある旨の主張もしているが、加害者、被害者間の公平な損害分担の観点から損害賠償の分野においてこの理論の適用が肯定しうるものと解しても、傷害保険(共済)の対象保険事故であるかどうかの本件にはそもそも適用の余地はないと解される(もっとも、死亡の結果については、右の原因、結果の関係が立証できないときでも、やはり保険対象となっている傷害に伴う後遺障害(但し、本件では、将来回復見込みのないものであることを要する)との間でこれを肯認しうるときはその範囲で共済金の支払を求めうる場合があると解されることは別であるが、そもそも本件ではその明確な主張もなく、かつ、右関係を肯認しうる将来回復見込みのない後遺障害の存在を認めるべき証拠もない)。

そして、これを前記二で認定した事実に照らして本件について考えるに、恒雄の死亡原因は縊死による自殺であり、精神症状ないし神経学的症状を除く本件事故による身体傷害自体が同人の死亡原因でないことは明らかである一方、本件事故による受傷ないし治療を契機として、中江医師により不安神経症ないしうつ症状と判断されている恒雄の精神症状が顕れ、かつ、この精神症状が同人の自殺念慮ないし自殺願望の形成に影響があったものと推認はできるものの、それ以上に右精神症状の具体的な発現経過ないし病理機序や自殺との間の具体的関係ないし機序を明らかにしうる証拠はなく、むしろ、同人の頭部の受傷は頭部外傷[2]型で、脳内の器質的な異常も認められておらず、脳振盪を生じたにとどまっており、一般的にも、その受傷の程度、治療経過に照らして、同人の身体傷害が同人に重大な肉体的苦痛や精神的苦痛を与えたとは認められないとともに、自殺に至るまでの精神症状発現の主要な原因となったとは認めがたく、この点、直接診療にあたった中江医師も、精神科の専門医ではないものの、右恒雄の精神症状は頭部外傷に伴うものでなく、同人の性格に負うところが大きいと判断し、かつ、本件事故に誘発されたものかどうかは判断できないとしているところで、他に、右恒雄の精神症状が外因性ないし器質因性のものと認めるに十分な証拠もない(なお、脳振盪後にいらいら、記憶力減退、意欲減退を主徴とする神経症症状あるいは軽度の脳器質症候群が生じることがあり、脳振盪は、頭部の受けた外力による一過性の意識障害が主症状で、粗大な脳病変の存しないこととされているが、脳実質に軽度障害を残すこともあり、現れた症状のどこまでが心因性でどこまでが器質因性であるのか判断はきわめて難しいとされている(弘文堂発行増補版精神医学事典八八二P参照))以上、同人の精神症状が本件事故ないしこれによる受傷が主要な原因となり、通常必然的に生じたものであることはこれを肯認しえないといわざるをえない。

さらに、また、本件において、恒雄の呈していた右精神症状は、前記二2で認定したとおりであり、失踪直前までの間に自殺を予測させるまでの症状や兆候があったことはこれを認めることができず、その症状自体に照らし、同人の精神症状が、通常一般に同人がその影響下で自らの意思決定の自由も奪われて、必然的に自殺念慮ないし自殺願望の形成に至るほどの重症のものであったとも認めえない。そして、この点は、他面では、被告も主張しているとおり、前記災害給付特約約款及び災害死亡割増特約約款の各五条一項で、被共済者の故意により生じた災害により死亡した場合は共済金を支払わない旨定められており、本件のように意思決定の自由を喪失していたとみれない自殺は、とくに偶然性の要件を欠くと認めざるをえないとともに、右支払免責事由に該当するというべきであるとも認められる。

3  右の認定、判断によれば、結局、恒雄の死亡は、契約締結の基礎となった約款により本件災害特約に基づく共済金の支払事由とされている、災害を直接の原因として死亡した場合に該当するものとは認めることができず、原告らの本訴請求はその余の点に判断を進めるまでもなく、いずれも理由がないものといわざるをえない。

四 結論

よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹田 隆)

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